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    2009年07月29日 (水) | 編集 |


    日本語の、特に古い言葉はとても美しいと思う。


    昨日のエントリで出てきた、“えにし”、なんて言葉は、誰から教わったわけでもないのに、日本人であれば、なぜかなんとなくその意味をイメージできると思う。魑魅魍魎なんて言葉もそう。大きく意味を外すことはないだろう。


    文字面とその言葉が醸し出すイメージが、まさに抜群のバランスを取っている日本語。こんな言葉は外国にあるのだろうか。


    当然ながら日本語以外を母国語としたことがないのでよくわからないが、とても26文字の組み合わせのみで日本語が放つような情感を、言葉そのものからイメージすることはできないのではなかろうかと思う。中国語あたりは何かありそうな気がするけど、でも中国語であっても、漢字以外にひらがなやカタカナを持つ日本語ほどの表現力は持ち合わせていないだろう。





    いにしえの言葉が世にいづる夏。


    祖先の霊が子孫のもとを訪れるというお盆の風習がそう思い起こさせるのか、はたまた小さいころやらされた、墓場での深夜の肝だめしの記憶と古い怪談話が結びついてそう思うのか。


    いずれにしても、夏は古い言葉がよく似合う。
    最も、昨日の“化猫”は早春の放送だったし、この“愛の言霊”は新緑のころのリリースだから、直接夏とは関係ないのだけれど。


    ついに桑田圭祐があっちの世界へ行ってしまったかと、少なくとも僕の周りでは当時そう評価していたこの歌は、夏になると必ず思い出す。何故かわからないが、不安で寂しい夏の感触とともに。




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