2007年03月27日 (火) | 編集 |

    最近深く考えることが多いこのテーマ。

    このテーマを考えるときにまず出てくるのが教育の問題。次が親。
    そして社会的に影響のあるテレビや新聞などのマスメディアの問題。
    つまり誰かの意見を、自分で考えたかのように思っていないかということ。

    そして最近気になるのは、親というものの存在と親の考えが子に与える影響。

    それは教育の場では埋めることができない、親が親であるがために、親であるからこそ持たなければならない子に対する責任の問題でもある。

    そして子は子であるがために、いつまでも影響を受けざるを得ない、払おうとしても払いきれない親の存在の問題なのだと思う。

    親の考え方には、意外に大きい影響を受けている。と思う。
    親の言う通りにしようとしまいと、それは従順か反発かという二つの道に分かれるにすぎず、結局は影響を受けていることになる。

    では、自分自身の考え、オリジナルの意見というものはどこにあるのか。

    社会規範というもの、道徳観というものは親から多くを受け取ると思う。
    知識は、様々な本や学校で受ける授業、もしくは親の知る範囲で得るだろう。
    そしてそれらの知識は必ずしも客観的なものではない。
    誰かしらの意図、意思が含まれている。

    そうなると結局、自分は誰かの意見に賛同しているだけなのではないか、と思う。
    オリジナルの考え、自分だけが持ち得る考えというものはないのではないか、と。

    無からは何も生まれないと思う。
    どこかにタネがあるから、それを育てることができるのだと思う。

    では、そのタネというものは何なのだろう。
    そのタネこそが自分自身のような気がするのだけれど。

    僕にはよくわからないな。

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