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    2006年11月02日 (木) | 編集 |

    これも読み終わった。

    若き数学者のアメリカ 若き数学者のアメリカ
    藤原 正彦 (1981/06)
    新潮社
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    1972年から、数学者である藤原氏がミシガン大学とコロラド大学での研究生活を始めた、アメリカ生活記。

    1972年といえば、僕はまだ生まれてまもないころ。この当時に渡米するのは、大変な勇気と決意がないとできなかっただろうと思う。でも一通り読んでみて思ったのは、どんな時代であっても、アメリカへ一歩踏み入れたときの気持ち、いくらかの期間生活したあとの日本とアメリカ、さらには世界に対して感じる気持ちというものは、それほど変わらないのだなぁということ。

    渡米当初感じる、自分は日本人だという過剰すぎるほどの自意識。そこから派生する、早くアメリカという国に馴染み、なめられないようにしないとという脅迫観念に近い気持ち。
    ところが、そんな気持ちも一通り季節がすぎて行くと、別の見方に変わる。自分は自分らしくあればいいだけなのだ、この国では。という、そんな個人主義的な感覚。

    僕もアメリカでの生活を経験したことがある。でも藤原氏ほど、アメリカ人とともに生活したわけではない。常に日本人が近くにいた。だからこそ、藤原氏のこの体験をうらやましくも思った。
    でも、違うのだ。自分が自分らしく生活していたならば、同じような体験をより深く経験できたのだろう。

    自分がかつて勇気を持てなかったことと比較することで湧きおこってくる若干の後悔と、藤原氏の軽快な文章と洞察力(さすがここは数学者だと思った)から受ける感銘、その2つが複雑に入り交じった、なんともいえない感情が読破後に残った。


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